Apple Vision Pro発表を見た、VR機器メーカー中の人視点でのいち見解

これはVRヘッドセットではない

「VRじゃない、もっとすごいものなんだ! WOW!」
「携帯電話じゃない、iPhone(後のスマホ)なんだ! YEAH!」
という話が大量に飛び交いそうなんで、とりあえずちゃんと釘を刺しておかねば。Timが発表するときにXRとも、VRとも言わずに「an entirely new AR platform」と言っていた。そう、こいつはVRのように見えるが、AR platformとして発表されたものである。ここを見誤ってはいけない。

またTimはこう続けている。「Vision Pro is a new kind of computer」だと。なので、アプローチとしては(当初の)Meta Quest Proに非常に近いアプローチ。あれも「コンピューターを置き換える」ような言い方をしていた。が、Quest Proと、世に広く使われているQuest 2等の「いわゆるVRヘッドセット」は大きくコンセプト、アプローチが異なる。ここを理解した上で、Vision Proの情報を見ていきたい。

「被れる大画面Display」コンセプトの次世代機

まったくもってびっくりしたのは、アプローチが「新しく、美しく、大きな、被れる大画面パソコン(あるいはiPad)」だったこと。もちろん3D表現も可能なわけだけど、少なくともプレゼンテーションの中に出てきたほぼ全てのスライドが、手と頭以外をほぼ動かさずに、2D表現のアプリケーションをAR空間で見るというもの。これにはなかなかぶったまげた。え、3Dじゃないの? 身体動かさないの? 6DoFじゃないの?って。

これを見て感じたのは「ああ、かぶれる大画面PC作りたいのね」ということ。誤解なきように書いておきたいが、かぶれる大画面PCというアプローチが悪いなんてことは決して無い。それはそれで一つの重要なアプローチで、事実XREAL(旧Nreal)はそれはそれでうまく行っている。身のまわりで誰も電車や飛行機や新幹線でNreal airを使って居るのを見たことがなかったとしても、それなりの台数は売れているのだ(AR市場での出荷台数は大本営発表によるとトップシェア)。

このかぶれる大画面コンセプトにおける本命中の本命で、スゲーデバイスがでた! という論調であれば、Apple Vision Proの製品仕様を見るに、的確な論調なだなぁと感じる。逆に、VRの未来だとか、Quest 3のもっとずっとすごいやつ! とか、Meta含むVRヘッドセットベンダーはこれで苦しくなるぞ! みたいな論調はだいぶ違うぞ、と感じるわけである。

VR業界の皆様のコメントと、これまでVRやAR(グラス)を本格的に見てこなかった人たちのコメントが大きくズレているのはこのポイントなのだ。叩かれたくないので何度も繰り返し言うが、このコンセプトが「悪い」といっているわけでは決してないからね!!! ただ、少なくともこのコンセプトで1,000万台を出荷したような事例は多分ない(XREALが数字を公表してないので予想だけど)。対するQuest 2はこの数字を遥かに超えているし、Vision Proが出るころにはQuest 3を加算して優に2,000万台を超えてくるだろう。

Apple ファンに対して希望的なコメントをするとしたら、これはその昔のPDAとガラケーのポジショニングに似ているかもしれない。ガラケーは何千万台、1億台と出荷されている中、こんなの流行らないよといわれていたPDA。そこに、PDAのコンセプトだけれどものすごいヤツ(iPhone)が出てきて、結果ガラケーたちをドミナントしたわけ。なので、iPhoneが出てきたときにこんなの電話じゃない、という議論をしているのに等しい、とも表現できるわけだ。

結果がどうなるかは、Vision OS上でどれだけの素晴らしいKiller Appが開発され、Vision Air? になるのかはさておき、軽量で安価なモデルが投入される2年後ぐらいに見えてくるのだろうけれども。それはそれで、とっても楽しみである。

個人的にはXREALのアプローチのほうがまだマシなきはするし、もしその方向が伸びるならGoogle / Android陣営のほうが一日の長があるんでは?という気がしなくもないが。ま、ここはお手並み拝見。

そしてVRヘッドセット界隈は、この騒動を横目に見ながら、全く違う世界線の上を時間が流れていく感じになりそうだ。

ここから先は技術的な話も含めて長文になるので、興味がない方は「(PC的な)かぶれる大画面」と「6DoF、3次元の没入型」コンセプトが大きく違うので、単純に比較はできないしコンテンツも異なるんだよ、というところを理解していただくだけで十分かもしれない。

※当然Vision Proは6DoFに対応してるはずなんで、6DoFできない、という意味ではない。あくまで何処を押すかという話

Quest 3ユーザは没入空間で大画面Facetimeしたくないし、Vision ProユーザはAR空間でVRChatやらFit boxingしたくないのである。

フェラーリとプリウス、ではなく、フェラーリとハイエース

Apple Vision ProとMeta Quest 2あるいはQuest 3を比較して、フェラーリとプリウスw みたいなことを書く人がいるかもしれないが、ミスリードも甚だしいのでぜひ「フェラーリとステップワゴン」ぐらいにしてほしいものだ。

どちらも車かもしれないが、目的があまりに違う。ステップワゴンは家族使いに究極特化した車両であり、最高速度やサーキットでのタイムを競うものではない。家族使いに特化するならば、300万円ぐらいで買えないといけないし、駐車場の段差ごときでリップを擦ってはいけない。

ただ、Quest Proと並べるのであれば、かなり近しいところを攻めにきているので「フェラーリとC8型コルベット※」ぐらいに表現してもいいかなというきはするがw

※C8型からミドシップになり、フェラーリのアプローチに大変近くなったが価格はフェラーリの約1/4

M2チップ搭載の是非とR1チップが「スゲー」

まぁ是も非もそれはAppleが考えることなのだが、どうしてこうなったかを少し技術的に解説。現存するVRヘッドセットで、スタンドアロン(PCに接続しないタイプ)はほぼ全て、QualcommのXR2またはXR2+を搭載している。両者は基本的には同じものなので、以後XR2と総称する。

XR2は何が素晴らしくてみんなが使っているかというと、ヘッドトラッキング(頭を右に振ったら右が見える、というやつ)とハンドトラッキング、そしてIR-LEDコントローラーのトラッキング、そしてカメラによる現実パススルー映像とバーチャル映像の重畳の機能を持っていること。これらはHardware orientedではなく多分にSoftware orientedだが、それらが動作するだけのパワーをもっている、という意味ではXR2の力だといえる。これら現代のVRヘッドセットに最低限必要とされる機能に加え、ゲームやアプリの3Dレンダリングに必要なパワーを1チップで兼ね備えている。そしてOSであるAndroidがちゃんと動く。ただし、XR2+を採用してもパネル解像度は約2K x 2K(Quest Pro1,800×1,920)に留まる。これ以上の製品が世界のどこからも出てきていない以上、XR2+がドライブできる解像度上限はこのへんにある、と推察してよいだろう。

対してAppleは先に述べた「かぶれる大画面」というアプローチである以上、めちゃくちゃキレイな(高解像度な)ディスプレイを積まざるをえなかった。2K x 2K以上のパネルを用いてスタンドアロン機を作るとなると、Qualcommを積めない。また、OSとして(立場上)Androidは積めないし、スマホでは競争関係にあるQualcommのチップというわけにもいかない(そもそもパネルがドライブできないわけだが)。じゃぁiPhoneで使われているBionicは? となるが、やりたいことにSpecが合わなかったのだろう。そして仕方なく消去法で残ったのはPC用のArmプロセサをクロックダウンして何とかぶちこむ、というアプローチだったんじゃないかなぁと外野からは見えるのである。弊害としては消費電力はとっても厳しくなり(Macbook Airクラス)、大型のバッテリとならざるをえず、本体にはバッテリを内蔵できず、結果として大型外付けバッテリを搭載しても2Hしか動かないという形に。

もっとも、バッテリが2Hしかもたないから駄目だ、普及しないみたいな話はほおっておけばいいんです。バッテリなんて入れ替え差し替え使っていけばいいわけで、実際にこいつが「いいな!」と思うユーザにとってはたいしたことはない。マキタの電動インパクトレンチのバッテリーがすぐに切れるからって文句いうひとはいないわけで。チャージングステーションに1時間も止めて充電しないと動けないようなどこかの電動自動車みたいな使い勝手が悪いものと一緒にされちゃァ困ります。

ただまぁ苦渋の選択なのか、喜んでやったのかはAppleのみぞ知るですが、M2ぶっこんできたことでスタンドアロンにしてはそれなりの表示パワーを得ることができたのもこれまた事実。でも、M2に全部を任せるのは消費電力的にもパワーリソース的にも厳しかろうということで、一般的にはXR2採用で全スキップできるハントラやらパススルーやらのあれやこれやをR1を開発して詰め込まないといけなかったという背景はなかなかに大変だったろうなと推察。逆に言えば、みんなM2搭載スゲー!みたいなことを言ったりするんでしょうが、ホントにスゲーのはR1を起こしちゃったことだったりするわけです。ここ、勘違いしちゃいけないポイント。別にM2は(極論いえば)QualcommでもIntelでも何でもいいっちゃぁいいんです。

スタンドアロンの表現力の限界

ところで、VRをやっていない人は、Quest 2やQuest 3で「すごい美しいVRのアプリ」が動くと思っていたりはしないだろうか。CMをみていたりするとそうも見えるんだけれど、実際はそんなことはない。XR2程度で描ける絵なぞたかが知れていて、PS5に対するスマホゲーム、PCゲームに対するSWITCH、といった程度の絵しか出ないのだ。

ファンレスのM2を搭載するMacbook Airの3Dグラフィクス処理性能はノートPC版のRTX3050にすら劣る部分もある。XR2には勝るだろうが、それでも両目2300万ピクセル(4K x 4K x2の80%ぐらい)を描画することを考えると、ピクセル数は多いものの、全体的なポリゴン数だったりシェーダーまわりの処理だったりといったグラフィクスクオリティ的には、XR2程度の表現力に留まると見るのが妥当だろう。

その限られたパワーでどれだけの魅力的なアプリが出てくるのかは、興味津々だ。Macの一般人向けラインナップ(Mac Pro等50万円以上の機種を除くという意味)にパワフルなGPUを搭載したモデルがない以上、「Macとテザードでディスプレイとして使うことでパワフルにする!」という手が使えないのもAppleがつらいところ。まさかWindows機とテザードはさせないだろうし。

このへんもVision Proがどのような方向を向いていくかのおもしろいポイントとなりそうだ。

何はともあれVRは(ARだけど)かぶってなんぼ

とまぁつらつらと書きなぐってはきたが、全てのVR/ARヘッドセットに言えることは「こたつ記事では何もわからん」ということ。そして「詳しくない人の’被ってみたけどすごかったよ’」もほぼ役に立たないということ。VarjoもかぶってPimaxもかぶってViveもかぶってQuestもかぶって当然Viveやらも見て、PSVR2(OLED)もみてMeganeX(μOLED)も見て、何ならB2B仕様のめちゃんこ高いやつとかもかぶったことがあるレビュワーやら開発者やらの意見が出てこないと、なーんとも言えないのがヘッドセットっちゅーもんなのである。

Vive pro2は4896×2448という、コンシューマー機では超高解像度だけれどそんなに使っている人を見ない(理由はまぁ調べてください)。逆にValve indexは1440×1600と現代機からすると超・低解像度だがいまだに新品を求める人がいるほどの人気機種だ。Quest 2の装着感にぶつくさ言っている人は標準バンドを使っているし、ヘビーユーザーの間では重量バランスとVD時の画質に優れるPico4はひそかな人気だ。

そして何より、発売が2024年というのは気になるところ。そこまでに、まだまだ新しいヘッドセットが出てくるだろうし、プラットフォームやアプリも進化する。とにかく進化がめちゃくちゃ激しい業界なので、Apple Vision Proが発売されるその日までの変化を楽しく見守っていきたい。

おまけ:VRコンテンツの囲い込み

https://twitter.com/warenosyo/status/1665776605308891142?t=MsJesEjne9IqYl73q_f8Pw&s=19

没入型のコンテンツに関してはかなりMetaやEpicによる囲い込みが始まっているので、個人的には「かぶれる大画面」に行ったのはそりゃそうだよな感がなくはない。このツイートツリーは発表会前のものだが、興味がある方はツリー眺めていただくと色々気づきがあるかもしれない。長文でずらずらと繋げてしまって読みづらく申し訳ないがw


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